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フィルムを喰らう!~感情中毒の巣窟~

真面目なのに面白い。言葉の海を渡る舟をつくる人々を描いた『舟を編む』

真面目なのに面白い。言葉の海を渡る舟をつくる人々を描いた『舟を編む』

言葉の海に漕ぎだす為の舟

はやく観よう、いや、はやく観なければいけない。本屋大賞を受賞した三浦しをん原作のこの映画については、何故かずっと、そう思っていました。

あらすじを簡単にご紹介しますと、ファッション誌から文芸書まで手広く出版している玄武書房という名の出版社の、社員達からも存在を忘れ去られている「辞書編集部」を舞台としたお仕事物語です。

主人公の名は、馬締(まじめ)光也。もうここからして狙っているとしか思えません。言語学を専攻し大学院まで出たものの、配属された営業では、お客さんである書店員さんとすらまともに話も出来ない、いわゆる「コミュ障」の男性
です。そんな彼が、「いまを生きる辞書」「大渡海」の編纂に携わるところから、物語が始まります。

Wikiもグーグルもなかったあの頃

主人公の馬締君を演じるのは、三浦しをんの原作映画ではすでにおなじみの顔となっている、。先輩社員の、口は上手いがどこかチャラい先輩・西岡をオダギリジョー。馬締君に「君、『右』という言葉を説明できるか?」と言ってスカウトした荒木は小林薫。辞書の主幹・松本先生を加藤剛が演じていまして、中々にそうそうたる顔ぶれです。

しかもま~皆さん、芸達者と言おうか、さすが役者さんと感嘆すべきか。西岡役のオダギリジョーさん以外は本当に、「いかにも辞書編集部にいそうな」外見と行動です。

会話の途中でやおら「用例採集」なんて呟いて、ポケットから手の平サイズのカードを取り出して、言葉を書きだす。言葉に関して語り始めれば熱く、いつまでも止まらず。そして作業する時にはアームカバー! 黒色で、手首から肘まで覆うくらいの長さの、たぶん綿素材の。昔は銀行の窓口業務担当や事務員が使っていたようなあの、アームカバー。

あぁ昭和。いえ、この物語の始まりは1995年ですから昭和ではないのですが、蔦の絡まる古いビルの片隅にある彼らの職場と彼ら自身からは、濃厚に昭和の香りが漂っています。それはチャラ男である西岡にも言えて、いまから見れば「ダサイ」と感じるダブルのスーツや、妙に前髪の量が多いもさっとした髪型が時代を物語っています。

そうです。1995年と言えばWindows95が発売された年。映画の始めの方で松本先生がPHSを懐から取り出し、西岡が「あ~! いつ買ったんすか!?」と驚くシーンありますが、そうなんですよ。この頃はまだそんな時代だったのです。

スマホもツイッターもなければ、インスタグラムもない。ウィキペディアもグーグルもなく、何かを調べようと思えば本か辞書で探すしかない時代。だから例え「こんなにあるのにまだ作るの?」と言われようとも、紙の辞書を創る価値のある時代だったのです。その設定の妙には唸るしかありません。

イケメンのはずなのに……

設定の妙と言えば、主演の松田龍平氏についても語らねばならないでしょう。松田龍平と言えばご存知の通り「あの」松田勇作の長男で、雰囲気こそ違いますが、素顔、特に目と鼻がお父さんそっくりの整った顔立ちの持ち主。背も183センチと長身ですから、十分イケメンになる要素を持った役者さん。なのですが。

この作品でもそうであるように、何故か彼は常に洗いっぱなしのぼさぼさ頭に眼鏡。オシャレな銀縁とかではありませんよ? 一昔前のガリ勉君がかけていそうなモサい眼鏡を標準装備しています。せっかくの長身も猫背でひょろひょろ歩く為に生かせず、基本無表情。切れ長の目は、鬱陶しい前髪とくもった眼鏡の向こう側に隠れて容易にうかがえず、喋る時はぼそぼそと呟くような小声のみです。『探偵はBARにいる』シリーズでもそうでしたし、同じく三浦しをんの原作を映画化した『まほろ駅前多田便利軒』でもそうでした。

あぁあ、もったいない。でもそれが妙にしっくりきて、似合っている。そう思わされてしまうキャラクター造形であり、そんな彼が密かに熱く情熱を注ぐ辞書編纂に、興味をそそられます。ついでに言えば宮﨑あおい扮するヒロイン香具矢との恋模様も。

同じ原作者のこの作品も

この映画の陰の主役、「大渡海」は15年で完成しました。ちなみに三省堂の大辞林は28年かかっているそうです。お金を出しさえすれば簡単に手に入り、インターネットが普及した現在ではあまり開くことのなくなった辞書ひとつにも、こんなに熱いドラマがこめられている。それを、この作品は教えてくれます。しかも、教科書的でも説教くさくもなく、ちゃんと面白い。

そんなお仕事映画としては、同じく三浦しをん原作、矢口史靖監督の『WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜』がありますので、合わせてお楽しみください。

作品情報

出演者:
監督:
原作:『船を編む』三浦しをん著

ABOUT THE AUTHOR

Hiro Miyama
はじめまして。作家兼ライターの海山ヒロ(みやまひろ)と申します。

物心つく前から映画好きの両親に連れられ、映画館へ。そして家族のだんらん時に見ていたのは、各放送局の洋画劇場でした。おかげでしっかり映画好きに育ったわたしは、今日もまた、世界の片隅で映画への愛をこうしてつづっています。

ついつい口ずさみたくなる様な音楽に、悲喜こもごもの物語。そして素晴らしい衣装や舞台装置に夢のような風景が詰まった映画は、総合芸術です。
そんな数々の名画達に出会うお手伝いを、すこしでも出来れば嬉しいです。
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