むびれぽ

フィルムを喰らう!~感情中毒の巣窟~

最も恐ろしく、愛おしい戦争映画『この世界の片隅に』

最も恐ろしく、愛おしい戦争映画『この世界の片隅に』

最も恐ろしく、愛おしい作品

いわゆる「」は、邦画だけを数えても、既に数え切れないほど作られています。そして筆者は被爆都市・広島で生まれ育ちましたので、「平和教育」の一環としてそれこそ小学校の頃より『黒い雨』や『対馬丸』などの戦争映画を数多く観させられてきました。つまり言い方は悪いですが、すっかり飽きている状態だったのです。

しかしその状態で、たまたま誘われて観にいった『この世界の片隅に』を。いままで見た中で最も恐ろしく、愛おしい作品として記憶することになりました。

描かれるのは、穏やかな日々

この映画では「あの日」までの広島や呉の街、そこで暮らす人々の生活が描かれています。

物語の主人公・すずの故郷である江波の海と山、遠浅の海を歩いて通った親戚の家。その縁側で食べるスイカ。渡し船でお使いに行った、広島の賑やかな街。お嫁に行った先の、山の上の方まで続く段々畑……。

原作漫画の柔らかな色調そのままに、時折すずの描く色鉛筆の絵もまじえて。繊細に、細部まで描かれる、いまは無くなってしまった愛おしい日々の記憶。「あ~また『戦争』映画かぁ……」と構えていたこちらが肩すかしをくらわされたほど、穏やかな日々が描かれていました。映画の半ばまで、さらには劇中で戦争が始まってからも。

空の青から炎の赤へ

そして、穏やかだったからこそ。画面の右片隅にさり気なく表示されていた日付が「あの日」に近付くにつれ、胸のざわめきがどんどん大きくなりました。何故ならわたしは、結末を知っているから。すずの故郷が、わたしの故郷が、どうなったのかを知っていたから。

戦時下でも、物資が少なくても、ちょっとした楽しみを見つけて暮らしていたすず達の空を覆い始めた、戦闘機。ひっきりなしに鳴る、空襲警報。

画面が、空の青、タンポポの黄色や山の緑から、軍艦の灰色、爆撃後の赤や黒に変わっていくにつれ、胃の腑がちりちりと焼かれるような焦燥感に苛まれていきました。

そして、あの日。8月6日。71年前の、世界が永遠に変わってしまった日。そこから先は、嗚咽をこらえながら観続けることになりました。

穏やかで柔らかだからこそ

戦争の描き方には色々あります。『対馬丸』のように、逃げる途中で殺されてしまった「不幸な」人々を描く方法もあります。

『プライベート・ライアン』の冒頭のように、血と肉が飛び散る戦闘シーンを克明に描くのも、ひとつのやり方ですし、戦争の悲惨さが明確に伝わるでしょう。けれど。本作のように、まず穏やかで楽しげな日々を柔らかな画で描かれると、観ているこちらの心は柔らかくほどけてしまいます。そしてその後に描かれる戦闘の、そこで奪われてしまったものが、余計に心に迫るのです。

いままで嫌というほど「」を観て来た人も、あえて観てこなかった人も。ぜひこの映画は観てください。ひとたび戦争が始まればどうなるのか。何が失われるのか。それが良く分かるでしょう。そして。いま当たり前に享受している「平和」が、どれだけ愛おしく、脆いものであるのかも。

作品情報

題:『この世界の片隅に』
声の出演者:
監督:
原作:『この世界の片隅に』こうの史代著

ABOUT THE AUTHOR

Hiro Miyama
はじめまして。作家兼ライターの海山ヒロ(みやまひろ)と申します。

物心つく前から映画好きの両親に連れられ、映画館へ。そして家族のだんらん時に見ていたのは、各放送局の洋画劇場でした。おかげでしっかり映画好きに育ったわたしは、今日もまた、世界の片隅で映画への愛をこうしてつづっています。

ついつい口ずさみたくなる様な音楽に、悲喜こもごもの物語。そして素晴らしい衣装や舞台装置に夢のような風景が詰まった映画は、総合芸術です。
そんな数々の名画達に出会うお手伝いを、すこしでも出来れば嬉しいです。
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