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「これって何なの? どういう意味?」意味不明な映画たち

「これって何なの? どういう意味?」意味不明な映画たち

意味不明な映画たち

フランスのリュミエール兄弟が生み出して以来、これまでいくつもの映画が作られ、いまこの瞬間にも世界のどこかで撮影され、編集され、完成されています。その中には文化や時代を超えて感動や驚き、楽しさを伝える作品もあれば、一度観ただけでは意味不明なもの、何が言いたいのか、なにを伝えたいのか解らないもの、結末がひどくあいまいでオチがよくわからないものがあります。

というわけで今回は、そんな一回見ただけでは理解できない、腑に落ちない意味不明な映画達についてお話したいと思います。

意味不明にも色々ある

意味不明な映画、つまりは視聴者を混乱に陥れる映画には、いくつかのタイプがあります。

まず一つ目は、製作者側が意図的に結末をぼかしたり、全体の流れをばらばらにしたりしてあえて分かりにくくしている作品。

二つ目は、予算が途中で足りなくなり撮影がストップしてしまった、完成したがスポンサーや制作会社から物言いが入って監督の意図するものと変わってしまった作品。

三つ目は、監督の演出力や編集者の実力が足りなかったいわゆる「失敗作」。

一つ目のタイプ以外は、製作者側にしてみれば「意味不明」なんて失礼千万、好きでそうなったわけじゃないなんて、文句が出そうです。が、そこはあくまで個人の意見ということでお許しいただいて、それぞれのパターンの作品をあげていくとしましょう。

あえて混乱と混沌を

現実と夢が錯綜しているような巧妙なプロット。最後の一瞬まで目が離せない、スピーディかつ複雑なストーリー。次回作への期待を否が応でも盛り上げる、曖昧な結末。

そんな風に製作者があえて混乱と混沌を巻き起こす作品の代表格と言えば、マーティン・スコセッシ監督の『シャッター・アイランド』でしょうか。この作品については他のコラムで詳しくご紹介しましたが、ストーリーを追おうにも(観ているこちらからすれば)中途半端なところで回想シーンや場面転換が入り、戸惑います。

また、ちょっと古い作品ですがカイル・マクラクラン主演、カルト的人気を誇ったアメリカのテレビドラマの映画版である『ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間』も、どの登場人物も思わせぶりで曖昧で、最後まで犯人とその犯行目的が判りませんでした。

ブラッド・ピットがキレッキレの刑事を演じていた『セブン』も難解な作品。特にあの映画はキリスト教における七つの大罪を扱っていましたから、馴染みのない我ら日本人には一層難しかったのかもしれません。

キリスト教と言えば、聖書に登場する言葉や名前を多用していた『マトリックス』シリーズ。ウォシャウスキー兄弟のこの3部作は、これまた難解な日本のアニメ『攻殻機動隊』の影響をもろに受けている為、「分かる奴だけ分かればいい」という台詞とストーリー展開で構成され、拒否反応を起こすかどっぷりはまるか評価の分かれる作品です。

SF映画の金字塔としていまなお評価の高い『2001年宇宙の旅』も、面白い作品であり、SF映画のパイオニアと言える作品という意味では認められますが、「分かる奴だけ分かればいい」という作りの作品だと思います。

まぁこのタイプの作品はどれも、スクリーンの向こう側で監督や製作者サイドが、「どうだ、分からないだろう」と笑っている様な気がします。

『シャッター・アイランド』などは更に、「(どうせ分からないから」2回見て♡」なんていう、上から目線な宣伝をはっていました。その意図を分かった上であえて乗ってみる、騙される快感に酔える方、騙されたい方にはぴったりの映画達です。

「ホントはもっと凝りたかったのに……」

意味不明映画タイプの二つ目、予算不足などの理由で、監督の意図するものと変わってしまった作品。そんなご愁傷様な作品は、実はけっこうあります。

何しろ次週に解決を持ち越せるテレビドラマと違い、映画は2時間程度の時間枠の中で登場人物たちの紹介から物語のオチまでつけねばなりません。いくらスンバらしいエピソードを盛り込みたくとも3時間を超える様な作品では、現代の飽きっぽい観客は帰ってしまいますし、製作会社からOKが出ません。

そんな作品の代表格にあげられるのは、スティーブン・スピルバーグ監督の名作『未知との遭遇』、スティングが出演して話題となった『デューン/砂の惑星』。

どちらも劇場公開版とは別に、『特別編』や『ファイナル・カット版』といった複数のバージョンがあり、結末もそれぞれ違います。しかも監督はそれでも納得していないと言う……。映画づくりの業が垣間見える作品です。

そして『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズも、劇場作品は十分見ごたえがあり良くまとまってはいますが、『スペシャル・エクステンデッド・エディション』バージョンを見ると、その違いに驚かされます。なにせ、劇場版に30分以上もシーンが追加されているのですから。

また映画製作とは、とてもお金のかかるものです。クレーンカメラを使って斬新なショットを撮りたい、CGにとことんこだわりたい、本場で野外撮影したい、エキストラを大量に使いたい。そんな事を考えればすぐに億単位のカネが消えていきます。そしてその望みが予算の都合で叶わなければ、監督や脚本の意図から外れた、もしくは劣化した作品になってしまうのは、仕方がないわけで。

そんな、作品の例として挙げられるのは、当初の予算の何倍も使ったにもかかわらず、結局「豪華な」セットと衣装のみが話題になった、エリザベス・テイラー主演の『クレオパトラ』でしょう。

その他にあげるとすれば、手塚治虫の漫画を原作とした『どろろ』は、予算が下りずに3部作の残り2作が作られていない為、「俺達の旅はまだまだ続く」な所で終わっています。

これって独りよがり?

では、当初の意図はともかく演出力や実力不足で製作者の独りよがりなってしまった作品としては、どんなものがあるでしょう?

え~……このタイプについては、好みに分かれると思います。例えば原作のある作品、特に各キャラクターが画として描かれている漫画を原作とした作品は、漫画から受けたイメージと実写化されたイメージ、アニメ映画化された時の声優さんの配役等が合わなければ、ファンは「駄作」「意味不明」と見なすでしょう。

そしてコアなファンを持つ作品であればある程、「まったく作品世界を理解してない」「なんで作ったかなぁ」なんて批判がネットの掲示板に踊っています。長編アニメ映画の作り手として不動の地位を誇るスタジオ・ジブリの作品でも、『ゲド戦記』は原作者に「こんな作品を創った覚えはない」と酷評されてしまいました。

また、「原作の作品世界を十分理解した」作品であっても、いわゆる「内輪受け」になってしまっている映画はあります。一時期話題になっていたので観ようかなと思った『リアル鬼ごっこ』は、あらすじを読んでトレイラーを見ても何を意図しているのか、これの何が面白いのか、筆者には理解できませんでした。

もうひとつ、いえ二つ、このタイプの例をあげるとするならば、ストーリーも明確、映像も素晴らしく台詞が難解という訳でもないのに、観ている途中からずっと頭にハテナマークが浮かんでいた作品、クリス・ヘムズワース主演の『ブラックハット』と革命前のフランスで実際に起こった怪奇事件を題材にした『ジェヴォーダンの獣』。

この二つの作品はどちらも題名や粗筋から想像(もしくは期待)していたストーリーと実際の作品がかけ離れていたので、「なんじゃこりゃ」となった作品です。どんな風に、どのくらい離れているかは……ご自身でどうぞ。

途中で観るのをやめたあの作品も

とまぁ、思いつくままにつらつらと書いていきましたが、ある人にとっては、意味不明に思えても、別の人にとっては、非常に分かりやすい。もしくはその分からない、意味不明なところこそ魅力という作品はあるわけで。その意味不明さも楽しめる人こそ、真の映画ファンと言えるかも?

それに、公開当時は経験や知識が不足していたので意味不明に思えても、「大人」になって観返せば、楽しめる作品は沢山あります。例えば筆者にとっては1937年公開のフランス映画、『舞踏会の手帖』がそうでした。

ですからこれを最後まで読んでくださった、そこのあなた。毛嫌いせずに、何でもトライ。途中で観るのをやめたあの作品もこの作品も、いまなら楽しめるかもしれませんよ?

ABOUT THE AUTHOR

Hiro Miyama
はじめまして。作家兼ライターの海山ヒロ(みやまひろ)と申します。

物心つく前から映画好きの両親に連れられ、映画館へ。そして家族のだんらん時に見ていたのは、各放送局の洋画劇場でした。おかげでしっかり映画好きに育ったわたしは、今日もまた、世界の片隅で映画への愛をこうしてつづっています。

ついつい口ずさみたくなる様な音楽に、悲喜こもごもの物語。そして素晴らしい衣装や舞台装置に夢のような風景が詰まった映画は、総合芸術です。
そんな数々の名画達に出会うお手伝いを、すこしでも出来れば嬉しいです。
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